ときめきは流れる星の果てに!?

 ここは麗鋒国の京師、景遥。
 都の北に位置する宮城の一角、龍尾宮は――皆様ご存知の『後宮』と呼ばれる場所である。
 それはある冬の日のこと。
 皇帝・鋒天綸が後宮へ渡ると、寵妃の淑花蓮が明るい顔で言った。
「ねえ陛下ー。さっき天文に詳しい芙蓉殿のお妃様から聞いたんですけど、今夜は流れ星がたくさん見られる日なんですって!」
「ほう、そうか。では暖かくして一緒に見るか?」
「うんっ」
 人懐こい仔犬のような笑顔を見せる花蓮に、一瞬で心がとろけ落ちる皇帝陛下だった。
「よしよし、楽しみだな」

 

 夜になるのを待ち、綿の入った上衣を何枚も着込んでふたりは庭へ出た。
「わー、こんなもこもこになってるのにまだ寒ーい!」
 花蓮は白い息を吐いて身体を縮こまらせる。
「ならばこれでどうだ?」
 天綸はここぞとばかり、花蓮を腕の中へ抱き寄せた。
「ふぎゃっ。深夜に堂々と痴漢行為を働かないでくださいよ!」
「どこが痴漢行為だ! 皇帝が寵妃と共に星を愛でる微笑ましい場面ではないか。誰に見られても、何らやましいところはないぞ。きっと私たちの仲の良さを見て、流れ星も大盤振る舞いをしてくれるぞ!」
「……」
 花蓮はむくれ顔をしながらも、暖かい場所から出るのも損だと思ったのだろう――抵抗をやめ、天綸の腕の中から空を見上げた。しめしめと思いつつ、天綸も同様に空を見る。
「――あっ、なんか流れた! あっまた! すご~い、流れ星のお祭りみたい!」
「おお、本当に大盤振る舞いだな」
「きれーい! あっ、何か願い事を言わなきゃ……!? えっと、えっと――陛下のがっかりが治りますように! 陛下が早く私に飽きてくれますように! あ、でも買い物の荷物持ちはしてくれますように! そんでもって、時々は美味しい設定を追加披露して私を楽しませてくれますように!」
「なんだその願い事は!」
 天綸は憮然とした顔で腕の中の花蓮を見下ろし、お仕置きをするつもりで力任せに抱きしめてやった。
「ふゃっ」
 花蓮は息が詰まったように呻き、じたばた暴れて天綸の腕を叩く。
「くっ苦しい~~放してください~~」
「おまえが憎いことを言うからだ。せっかくふたりで星を見ているのだから、もう少し可愛いことを言えぬのか」
「かっ可愛いことってなんですか……っ?」
「そうだな、たとえば――『陛下に一生可愛がってもらえますように』とか、『陛下とずっと一緒にいられますように』とか――まあ、そんなことは星に願わなくとも叶う話だがな。私は一生おまえを離さず、可愛がって暮らすぞ」
「だから、それが迷惑だからお星様にお願いしてるんじゃないですかっ」
「迷惑とはなんだ! よし、では星がどちらの願いを叶えてくれるものか、勝負だ! ――花蓮が私にデレデレになりますように! 花蓮が寝ても覚めても私のことだけを考える娘になりますように! 花蓮が喜んで『奥様是十七歳的遊戯』に付き合ってくれますように――!」
「そんな願い事、お星様が聞いてくれるわけないじゃないですかっ! ……っふゅっ……」
 花蓮が本当に息苦しそうに喘いだので、天綸は腕の力を緩めた。花蓮はほっとしたように息をつく。
「まったくっ……陛下には付き合ってられないです。せっかくの流れ星が見られる時間がもったいないですから、もう話しかけないでくださいっ」
 花蓮はそう言いながらも、やはり暖かい場所から離れたくはないのだろう――天綸の腕に納まったまま、再び空を見上げ、あれこれと他愛もない願い事を並べ始める。
「明日の昼餉に南瓜の煮物が出てきますように。庭に蒔いた種が春になったらちゃんと発芽しますように。遥河饅頭の新作がそろそろ出てきてくれますように……」
 そんな様子を微笑ましく見ていると、やがて、
「ふわわ……」
 と花蓮が大きな欠伸をした。かと思うと、腕がずしりと重くなった。
「――花蓮?」
 どうやら眠ってしまったようである。
 ――これは、ビッグチャンス到来か!? さっそく流れ星のご利益か……!? お星様ありがとう――!
 天綸はぐっと拳を握り、腕の中で眠る花蓮を見た。が――そのあまりに無邪気で無防備な寝顔が胸に沁み入り、かちんと身体が動かなくなった。
 駄目だ――自分の腕でこれほど安心しきった顔をして眠る娘に、何が出来るというのだ!?  一時の激情に負けてこの花蓮に手を出したら、私の漢の純情が一生己を許さぬぞ――!
 だが、別の見方をすれば、私に身を任せる覚悟があるからこそ、こうも素直に眠りに落ちたとも考えられるのではないか――!?
 いや。
 だが。
 しかし。
 とはいえ。
 嗚呼、どうすれば――……!

 

 そうして、眠る花蓮を抱きしめ庭の真ん中で突っ立ったまま、何も出来ずに明くる朝――。
 すっかり風邪をひき込んだ皇帝陛下と、漢の苦悩など知らぬ気にピンピンしている寵妃なのだった。

〔おしまい〕