ときめきは南瓜の夜に!?

 ここは麗鋒国の京師、景遥。
 都の北に位置する宮城の一角、龍尾宮は言わずと知れた後宮である。
 そろそろ朝晩も冷え込み始めたある夜のこと――。
 むふむふお気楽妃・淑花蓮の部屋に、
「とりっく・おあ・とりーと!」
 皇帝陛下が奇妙な呪文を唱えながら入ってきた。手には南瓜をくり抜いて作った提灯を持っている。
「わあっ? なんですか、その顔のある南瓜! 目が三角でかわいい~」
 さっそく南瓜に喰い付いた花蓮にほくほくしながら、天綸は説明した。
「これは、西域の祭『はろうぃん』で使うアイテムだ」
「はろうぃん……?」
「ああ。西域を代表する祭で、今の季節に南瓜を食べて健康になろうという趣旨のものらしい。南瓜投げ大会、南瓜大食い大会、南瓜仮装行列、南瓜の女王選びなどなど、街は南瓜一色になり、次の年のこの時期まで南瓜など見たくなくなるという」
「へえぇ~……。西域にはそんなお祭りがあるんですかー。南瓜美味しいですもんねー……」
 花蓮は南瓜の提灯をしげしげと見つめ、陛下はやっぱり物知りですねえと感心する。どこかの誰かが皇帝陛下に嘘っぱちな『はろうぃん』を教えたとは思わない。素直なのが花蓮の長所である。
「で、さっきの呪文はなんですか?」
「お菓子をくれなければ悪戯するぞ! という意味だ。くり抜かれた南瓜を持った空腹の子供たちが、失われた南瓜の中身を求めて街を練り歩くのだ。大人は南瓜のお菓子を用意して、子供たちに与える。もしもお菓子をくれない大人を見つけたら、仕返しに悪戯していいというルールなのだ」
「失われた南瓜の中身……!?」
 南瓜の中には実と種が入ってるだけじゃないのかしら? それとも西域の不思議な南瓜の中には、聖なる生きものが閉じ込められていたりするのかしら。邪悪な存在に連れ去られてしまった南瓜の精霊を捜して旅に出る子供たち、ってこと?
 そうか、純粋な子供にしか精霊の姿は見えないから、これは子供の役目なのよ。それを応援するために、お菓子を用意して助けてくれる大人たち。でも中には邪悪な存在の手先もいて、そういう連中はお菓子をくれないのよ!
 絶好調にむふむふ妄想を繰り広げる花蓮だったが、天綸の声で我に返る。
「さあ花蓮、私に菓子をくれ! くれなければ悪戯するぞ!」
「――え、えっ? 急にそんなこと言われても……」
 昼間読んだ煌恋小説にときめきすぎてお腹が空いて、部屋にあったおやつをありったけ食べちゃったから、もうお菓子なんて何も残ってないわ!
 花蓮は慌てて鳴鳴に命じた。
「近所を回ってお菓子を何か分けてもらってきて! 出来れば南瓜モノで!」
「わっわかりました!」
 バタバタと鳴鳴が出ていったあと、花蓮は、はて、と首を傾げる。
「あれ……? でもちょっと待ってください? 今陛下、『子供』って言いましたよね? 陛下より私の方が齢が下なんですから、私の方がその呪文を唱えるべきなんじゃないですか!? 私が陛下にお菓子をあげる筋合いなんてなくないですか!?」
 今頃気づいたか、というしたり顔で天綸は頷いた。
「――ああ、そう言われると思った。だが、私はおまえに悪戯されるならかまわない。私は菓子など持ってきていないぞ!」
「なんですかその開き直り! 私は陛下に悪戯するよりお菓子が食べたいです!」
「私はおまえに悪戯されたいぞ!」
「自分から悪戯されたいと希望する人ってどうなんですか!?」
 ――ていうか、何か妙な種類の悪戯を期待されてる気がする……!?
 物陰からこっそり出ていって脅かすとか、大事にしてるものを隠しちゃうとか、そういう悪戯じゃない……わよね、陛下が言ってるのって。
 花蓮は本能的に危険を察し、天綸からじりじりと離れる。しかし大きく離れる前に、天綸の腕がさっと伸びてきて抱き寄せられてしまった。
「さあ、どんな悪戯をしてもらおうか」
「私は悪戯なんてしませんっ」
 天綸の腕の中でもがきながら、花蓮は鳴鳴をお使いに出したことを後悔した。
 ――ううん、これも陛下の計算だったのよ!
 肌寒くなってきてやたらとお腹が空くこの季節、私が宵越しのおやつを残してないことを読んだ上での計画的犯行だわ! そういうことに頭がよく回る人なのよ!
「わっ、私が『はいどうぞ』っておやつの残りを差し出してたら、どうするつもりだったんですかっ?」
「もちろん有難くいただいた後、礼としておまえをこうやって可愛がってやるつもりだったぞ」
 天綸は花蓮の頭と頬を順に撫でる。
「そう南瓜のように目を三角にするな。私はおまえの真ん丸な眸が好きなのだ。私を見て可愛く笑ってくれ」
「好きで三角にしてるわけじゃありません! 陛下が妙な悪巧みをするから、怒ってるんです!」
「悪巧みとは人聞きが悪いな。私は寵妃と甘やかなはろうぃんの夜を過ごしたいだけだぞ」
「私は陛下と一緒にいるより、どうせなら南瓜大食い大会や南瓜仮装行列を見物に行きたいです!」
 ――鳴鳴、お菓子なんてもういいから、早く帰ってきて……!
 そう祈るのに、鳴鳴はなかなか戻ってこない。近所の妃たちが気を利かせ、あれこれ言って引き留めているのだとは知らない花蓮である。
 天綸は余裕の表情で花蓮を抱きしめたまま、耳元にささやく。
「ああ、おまえが南瓜になりたいなら、それはそれでかまわぬぞ……? 私は南瓜のおまえを美味しく食べさせてもらおう」
 耳たぶに甘く噛み付かれ、花蓮はぞくっと背筋を震わせた後に悲鳴を上げた。
「ひゃぁ~あ~っ」
 梅花殿中に響き渡るその声に、ようやく鳴鳴が解放されて部屋へ駆け込んできた。そうして鳴鳴がゲットしてきた南瓜饅頭を押しつけられて追い出されるという――いつもどおりに残念な首尾の皇帝陛下なのだった。

〔おしまい〕