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デビュー10周年によせて。

こんにちは、我鳥です
最近は告知記事ばかりのブログになってしまっていますが、デビュー10周年という節目を迎え、今この時に思うことをつらつらと語ってみようかなと思います。
何やら無性に、デビュー前後のことが思い出されてならないので、その辺のことを語り出したら、おそらく長くなります💦
 

 

私は、初投稿から17年かけて受賞デビューに漕ぎ着けました。
投稿時代の内の10年ほどは、極度の自信喪失状態で、作品を書き上げられない病に罹って苦しんでいました。
世の中には、初めて書いた小説を投稿したら受賞して、それが出版されたら大ヒットして、その後も何を書いてもヒット街道まっしぐら、みたいな才能に満ち溢れた方もいらっしゃるのだろうと思いますが、私はそういう華やかな経歴とは無縁の人間です。
一生懸命書いた作品を投稿しても、一次選考にも通らない。今度こそ、今回はすごくうまく書けたぞ、と思っても、あっさり門前払い。そんな経験を繰り返してゆくと、自信なんてものは到底持てなくなります。
寝食を惜しんでノリにノって書いた、自分にとっては大きな思い入れの籠った作品でも、他人が読んだら面白くもなんともない代物なんだな。努力が報われるとは限らない。世の中こんなものなんだな、と諦観の境地に到ります(それは、プロになって本が売れなかったり売れたり売れなかったりの現在も引き続きの境地ですが💧)
 
それでもお話を書くのをやめられないのが業というものかもしれませんが、いろいろあってなんとか暗黒の『書き上げられない病』を抜け出した私は(この間の経緯を話すと長くなるので割愛しますが、別に自信が付いたのではなく、単に開き直ったのです^^;)、実に10年ぶりにコバルトに作品を投稿しました。
それが最終選考に残ったという連絡が来た時、私は驚愕のあまり電話口で大声を上げてしまいました。
原稿を封筒に入れて投稿する、という行為は誰にでも許されていることですが、投稿作が選考の上の方へ行く人というのはきっと、元々が自分なんかとは次元の違うところに生まれた人たちで、自分に出来るのはただ書き上げた原稿を投稿するという自己満足行為だけなのだと思っていたからです。
自分の投稿作に関して出版社から連絡があるなんて端から想定していなかったので、連絡先に携帯の番号を書くという神経も回らず、ごく事務的に自宅の番号を書いていたため、電話に出た家族からすごく怪訝そうに「なんか、集英社? から電話……」と取り次がれたくらいです。
そんなわけで、私が何に驚いたって、「こんな静岡の田舎に住んでてコネも伝手も才能もなくても、ちゃんと編集さんに原稿読んでもらえるんだ! 特別な星に生まれた人間の書いたものじゃなくても、選考の土俵にちゃんと乗せてもらえるんだ!」ということで。
 
この時のことは、私の人生最大の奇跡だったと思っています。
見ず知らずの、一次選考の下読みをして私の原稿を二次に上げてくださった方のおかげです。そして二次の下読みをして、これを三次に上げてくださった方も。きっと皆さん、私の原稿を読む前にたまたまものすごくいいことがあって、世界のすべてを祝福したいような、なんでも受け入れられる、なんでも誉められる、寛大な気持ちになっていたのではないかと推測します。そうでもなかったら、私の拙い作品を上の選考へ回そうなんて思わないと思います。
とにかく、下読みさんの気の迷いだろうとなんだろうと、この時の奇跡のおかげで、私のことを編集さんが知ってくれました。
結局、この時の作品は最終選考で落選となりましたが、次も頑張ってくださいと言われて担当が付きました。今もお世話になっている担当さんです。
 
元より、まぐれの最終選考だろうからと落選を見越していた私は、結果が出る前に次のノベル大賞(現在のノベル大賞ではなく、中編オンリーの賞)用の作品を書き上げてありました。それを担当さんに見てもらい、山ほどのダメ出しをもらい、衝撃はそのあとに来ました。
「じゃあ、今言ったことを直したら、また見せてください」
「!?!?」
また!? もう一度見てくれるの!?
担当が付くといっても、原稿を一度見てくれて、アドバイスをくれて、じゃあそんな感じに直して投稿してくださいね、で終わりだと思っていたのです。まさか、直したものをさらに確認してくれるというの!? そんな馬鹿な、そんなに親切なの!?
 
その中編というのは、当時の私としては頑張って書いた王道ラブコメです。
シリアスものが本職だけど、ラブコメも書きたかったのです。散々直しを入れてもらって、投稿しました。
結果、その作品は、最終候補に残す作品を決める編集部内の選考会議までは上がりましたが、そこで落選となりました。
その会議のあった日、わざわざ担当さんが連絡をくれて、経緯を教えてくれたのです。
私の作品を残すかどうかで小一時間揉めた末、コメディより、前回落選した作品みたいなシリアス長編の方が向いている人だろうという意見でまとまり、結局今回は見送りになったのだと。
しかも担当さんからは、自分のアドバイスが足りなくて、ここ止まりになってしまって申し訳ないと謝られ、私はもう恐縮頻りです。足りなかったのは私の力です💦
元々落選は覚悟していたので(常に自信がないので)、そのこと自体には特にショックは受けませんでしたが、私が驚いたのは、編集部の人たちが私なんぞの作品(しかも当時の私としてはかなりアホな方向に振り切った話)のためにそんなに本気で議論してくれたのか(しかも私の落選作を覚えてくれていたのか!) 、ということで。
別に編集さんたちがいい加減に選考をしていると思っていたわけではありませんが、新人発掘のための想像以上の編集さんたちの真剣さがすごく胸に響いて、私だってふざけた気持ちで投稿作を書いていたわけではないけれど、これは本当にちゃんとしたものを投稿しなければ、「落選でもしょうがない」なんて最初から予防線を張った逃げ腰で挑んだりしては、読んでくれる下読みさんや編集さんに申し訳ない、と強く思いました。
 
そうして、今度はすべてを振り絞るつもりで長編シリアス路線での投稿作執筆に取り掛かったのですが。
当時の私は、自分の書くものに大きな欠点があることを知っていて、それを直したくてたまらなくて、でも自力ではなかなか直せなくて、足掻いていました。担当さんには、いつもそこをバシバシ指摘してもらっていました。 
新人や投稿者が、編集さんからのダメ出しが厳しくて自信喪失、という話も聞いたりしますが、私の場合は初めから自信喪失状態なので。自信メーターマイナスからスタートしていますので。今さら失うものなどありません。
次回の投稿作として書き上げた原稿を提出し、細々とダメ出しをされても、「あ、それ、そこも、自分でダメだと思ってたところ! やっぱりプロの編集さんが見てもそう思うんだ。すごい、私、ちゃんと自分の欠点わかってる!」と、喜ぶポイントのハードルが低いので妙なことで嬉しくなり、「そう、そうなんです! だからその悪いところを、具体的にどうすればいいのか教えてくださいプリーズ!」と、落ち込むどころかテンションが上がる始末です。マイナススタートにはこういう利点もあります。
 
ダメ出しをされては直し、何も言われなくても自主的に直し、「直しました! 読んでください!」「プロットから作り直したんで、まずこれを読んでください!」 「また直しました! え、前の分をまだ読み切れてない? じゃあ最新版の方、読んでください!」と、忙しい編集さんに次々と原稿を押し付ける、大変図々しい投稿者の私。前回の経験で何度でも原稿を読んでもらえると知って味を占め、完全に浮かれてます。
だって、相談料を取られるでもなく、プロの編集さんが自分の作品にアドバイスをくれるんですよ? 直すところばかりで、全然褒められなくても、 嬉しくてたまらないですよ。私はとにかく、自分の作品をもっと良くするための具体的且つ技術的なアドバイスをくれる存在を渇望していたのです。
そうして、担当さんに「こんなに投稿者の原稿を何度も読んだのは初めてですよ……」と言われながら完成したのが、受賞作となる『最後のひとりが死に絶えるまで』です。
 
受賞作は、当時としては出来る限り欠点に手当てをしたつもりでしたが、やっぱりすべてを直し切れてはおらず、そこを指摘する選評もありました。
なんともはや、雑誌での受賞発表に先駆けて選評をまとめたものをいただいた時は、「どうしてこれで受賞させてもらえたんだろう?」と首を傾げてしまったくらい、厳しいお言葉が多くて^^;
(実際担当さんも、私が落ち込むのを危惧して選評を見せるのをためらったようです。でもどうせ雑誌に載るものなので、見せてくれましたが)
しかも、その回のロマン大賞は、大賞は該当者なし、佳作受賞者が私ひとり、という結果でした。
落選でもしょうがない、なんて思って投稿するのは選考に関わる方々に失礼だと前回のノベル大賞で学習したので、弱気の虫を奮い立たせながら大賞を狙い、ものすごくものすごく頑張って書いたけど、てっぺんには届かなかった。ギリギリ佳作に引っかかるのが精一杯。
やっぱり私の力ではそんなものなのかな……あんなに担当さんにもお世話になったのに、大賞を獲って恩返し、とはならなかったな……と、私が相当しょんぼりしているように見えたのかもしれません。
受賞が決まって初めて編集部へ行き、初めて顔を合わせた(それまでは電話でしか話したことがなかった)担当さんに、「賞が何だろうと選評で何を言われようと、受賞が決まったことに意味がある。デビューしてしまえばこっちのものだから! これからがスタートなんだから!」と懇々と慰められ、励まされ、贈賞式では勢揃いした他の編集さんたちからも寄ってたかって同様に慰められ励まされ、なんて親切な人たちばかりなんだ! と感動しました。
 

そんなこんなでなんとかデビューしたものの、私には、原稿の中にある技術的な欠点とは別の大きな欠点がありまして。
その欠点のせいで、二冊目の文庫を出すのに大変難航しました。
今回の新刊『雛翔記』の中で、ヒーローの朱鷺王がこんな独白をしています。
 
――俺は、人が望むように生きたいのではない。俺が望むように生きたいだけだ。
 
これを私に言い換えると、
 
――私は、人が望むものを書きたいのではない。私が望むものを書きたいだけだ。
 
になります。
要するに、流行とか売れ線に乗っかるとか、そういう意識がなく、自分が書きたいものを書きたいだけなのです。
暗黒期を含めた長い投稿時代のせいで、書きたいネタが山ほど溜まっていて、デビューしたからにはそれらをどんどん書いてゆくつもりでいた私は、「そういうのは売れないからダメ」「そういうキャラは読者に好かれないからダメ」と、新作プロットの却下に次ぐ却下、自分の好みではなく読者の好みに合わせることを求められて、戸惑うばかり。
投稿作を見てくれている時は、売れ線とか需要とかそんなこと全然言わなかった担当さんが(実際、私の受賞作は当時の少女小説の売れ線とは無縁の路線^^;)、プロとして作品を書くことになった途端、ビジネス目線であれこれ言うようになって、私はただただパニックです。
つまり私は、職業作家として注文を受けて書く、ということをまったく想定していなかったのです。小説家というのは、ただ自分の好きなものを書けばいいと思っていたのです(世間知らず^^;)
 
この、職業作家としての適性の低い新人の扱いには、担当さんも苦労したと思います(苦笑)
新人時代から時が経ち、技術的なダメ出しはほとんどされなくなった今も、この欠点は直っていません。
担当さんの方が根負けした(というか、匙を投げた)のと、いろいろ情勢が変わっていったこともあり、なんだかんだでずっと好きなものだけを書かせてもらっています。
でもとにかく、流行<<<<<<自分の趣味、という人間なので、趣味で書いたものがたまたま時流に合えば、そこそこ売れる。合わなければ目も当てられない。そんな感じの10年です。
(私は、『狙って書いて、そのとおりに当てられる』とか『ただ書きたいものを書いただけで、それが全部売れる』といった特別な能力を持つ人間ではありませんので^^; むしろ、未だになぜ自分がデビューさせてもらえたのか不思議に思っているくらい、未熟な物書きです)
出版社は商売なので儲けを出さなければならないのに、自分の趣味を優先させるだけの未熟な私の作品をこんなにたくさん本にしてくださったコバルト・オレンジ編集部の寛大さ、その御恩を思うと、本当に足を東に向けて寝られません。
いつか、私の趣味と世間の需要がドンピシャに噛み合う時が来た暁には、大ヒットを当てて御恩を返したいと思います(果たして来るのか、そんな日が……!?^^;)
 


ただ、プロの物書きになるのは制約が多くて窮屈なことか? と言ったら、私の場合は実は、デビューしてからの方が自由になったと感じています。
デビュー前の私は、とにかく自信がなく、自分で自分を信じられなさ過ぎて、思いついたネタをすぐに「こんなのは世間に通用しないから」と自主却下してしまう癖がありまして。そうやって、誰に駄目と言われたわけでもないのに、駄目と決めつけてお蔵入りにするネタがたくさんあって。
そういうのは胸にしまい込んだまま、「こういう題材で勝負したい! これならいけるのでは!」と力の入ったネタを担当さんにぶつけるのですが、「そのジャンルは需要がない」「成功例がない」と却下続き。
じゃあどんなネタだったらいいのよ~と自棄になって、「どうせこんなネタは世間に通用しないだろうけど」と自己満足のためだけに書いた原稿を見せたら、大ウケしてOKが出たりするんですよね^^; 
 
実のところ、デビューしてから世に出た作品の多くは、自主却下していたネタです。
自分では駄目だと思っていたのに、駄目元で担当さんに見せると案外OKが出て、雑誌に載ったり本になったりする。それが、売れたり売れなかったりする。
ネタも本も、出してみなければ評価がわからないものなんだという、ある種当たり前の真理を知りました。
だから、自分で勝手に駄目だと決めつけないで、まずはぶつけてみよう。こんなの書きたい、あんなの書きたいと言ってみて、駄目と言われたものはとりあえず下げて、いいと言われたものは喜んで書いて。
そんな感じなので、結果的に私はいつも自分の書きたいものを書いているのです(笑)
自分で自分を駄目だ駄目だと駄目の雁字搦めにしていた頃と比べれば、今は前向きになって(開き直って?)、自由にやっていると思います。
私にとっては、『需要が売れ線がとか言われる不自由さ』を、『自主却下していたネタが本当に駄目かどうかを片っ端から試せる自由』が大きく凌駕するのです。不自由と自由、差し引きで考えれば、自由の方が遥かに大きいのでした(自信マイナススタートには、デビュー後こんな風に考えられる利点もあります笑)
 

ちなみに、自主却下ネタが担当さんに大ウケした例の最たるものが、『贅沢な身の上』です。
受賞作の文庫化作業が済んだあと、私はラブコメを書けるようになりたくて、新作の執筆に取り掛かっていました。
が、何度原稿を書き直しても、コメディになっていないとボツになり、しまいにはコメディは諦めて素直に得意なシリアス路線で行った方がいいと言われてしまいました。
それが悔しくて悔しくて、でも自分にコメディセンスがないのは事実だろうと納得もしていたので(実際、頑張って書いたラブコメ投稿作も落選だったし)、人に見せるつもりはないラブコメ短編を自分のためだけに書いたのでした。
 
私が贅沢短編の原稿を出した時のことは、未だに担当さんとの雑談で話題に上がったりします。
「シリアスものしか書けない人だと思っていたら、すごいアホなものを出してきて驚いた。この路線の方が売り出しやすいし、これに賭けてみようと思った」と。
ただ、「プロットではなくて、短編原稿として書き上げたものが来たから、読んで説得された」とも言います。プロットでこのネタを出されても、こういう仕上がりの作品になることを読み取れなかっただろうから、と。
この短編を文庫版に膨らませることになった時も、プロットは提出しませんでした。短編をそのまま膨らませるなら内容はわかっているし、出さなくていいと言われたからです。
正直、この時私はほっとしました。私の中で、本来このヒロインはむふむふ妄想少女だったし、出番が増える皇帝陛下はもっと残念になる予定で、プロットでこのノリを説明するのは難しいと思っていたからです。
結果、文庫版も、直接原稿を出したことで担当さんに大ウケしましたが、やっぱり「初めにプロットを見せられても、この仕上がりを予想することは出来なかったと思う」と言われました。
元々コメディのプロットは難しいのですが、当時の私にコメディ作品の実績がなかったことを考えると、ますます、プロットだけでは私の書きたいものが伝わらなかったと思います。もうプロットのキャラ説明を見た時点で、「こんな自分勝手なヒロインはダメ」「こんな残念なヒーローはダメ」と言われておしまいだったことでしょう^^;
 
なお、初めから仕上がった原稿で見せたにしても、もし担当が別の編集さんだったら、その人の好みによっては、上記と同じダメ出しをされて、ヒロインとヒーローのキャラをもっと当たり障りなく変更するよう求められた可能性は大いにあります。そして、職業作家としての適性の低い私がそれを受け入れられずに突っぱねれば、そもそも作品自体がお蔵入りになっていたかもしれません。
今もこの作品を愛してくださっている方々がいて、とても有り難いのですが、感謝するべきは、書いた私ではなくて担当さんの判断です。
ただ書くだけなら、誰だって好きなものを好きに書けるのです。問題は、それに出版許可が下りる(担当や編集部のOKが出る)かどうかなのです。
カタカナ満載ハチャメチャ中華風むふむふ寵妃と残念陛下のコメラブを読んで、担当さんも初め、大笑いしてウケつつも、これをこのまま世に出して本当に大丈夫なのかと悩んでいました。私自身、あんまりにバカバカしい作品なので、ボツになってもしょうがないと覚悟をしていました。が、最終的に担当さんは「僕、これに賭けたいと思います!」と言ってOKを出してくれました。
正直、私としては「この人、とんでもないギャンブラーだな……!^^;」と思いましたが(自分で書いておきながら^^;)、この時の担当さんの決断がなかったら、私の本を多くの人が手に取ってくれることもなく、著作刊行40冊目を迎える今の私もいなかっただろうと思います。
 
すっかり付き合いも長くなった、理解ある(ギャンブラーな)担当さんに感謝しつつ、途中で二年ほど別の担当さんに変わったことがありました。
この担当さんから言われて嬉しかった言葉がありまして。
 
「我鳥さんには、いい読者が付いてると思いますよ」
 
これを言われた場所、シチュエーションもよく覚えています。
私はいつも自信がなくて、誉め言葉を額面通りに受け取れない性分なのですが(誉められても話三分の一以下に受け取り、注意されると何倍にも大きく受け止めるタイプ)、これは私自身が誉められたのとは違うので、素直にとても嬉しかったのです。
よく芸能人とかが、「自分のファンが誉められると自分のことより嬉しい」と言ったりしますが、そうか、これがその気持ちか……! と思いました。胸がじんわり温かくなりました。
いい読者の皆様に支えられて、10周年が迎えられました。本当にありがとうございました。これからもお付き合いいただけましたら幸いです。
 


大分とりとめなく長くなってきたので、そろそろ締めます💦
最後に、10周年記念にスペシャルSS的なものを書かなかった理由を述べたいと思います。
初めは何か書こうと考えていたのです。これまでの作品のキャラを総動員したような賑やかなものとか。
けれど今回の新作『雛翔記』を書かせてもらえることになり、このタイミングで刊行出来ることになり、もうこれ以上は何も必要ないな、と感じたのです。
『雛翔記』の土台になっている題材は、ずっと私の中に居座ったまま、これまでの39冊が世に出てゆくのを黙って見送っていました。
今、初めて発表する最新作ではありますが、この構想の中から様々な要素がこれまでの39冊の中に溶け込んで、先に世に出て行ったのです。
なので、私のこれまでの作品を多く読んでいる方ほど、今回の『雛翔記』を読んだ時、過去作とのいろいろな共通点が見つけられて、ちょっとニヤリと出来るのではないかと思います。
私にとって『雛翔記』は、最新作であり、10周年の総集編のような、不思議な感覚の作品となりました。
10周年記念の賑やかSSを期待していた方には、どうかこの作品をたっぷり楽しんでいただけたらと思います。
 
長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございましたm(__)m

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