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むふむふの日2018スペシャルミニ小説!

はい、今年も6月2日がやってまいりました。
むふむふの日ですsun
勝手に6月2日をむふむふの日に決めてから、早6年が経つことに気づいて愕然としつつ、今年もスペシャルミニ小説を書いてみました。
(去年に引き続き、Twitterイベントをやる余裕がなくてすみませんsweat01
 

今回は、『贅沢な身の上』×『王立探偵シオンの過ち』のコラボで、『ときめきは紫色の謎に包まれて!』というお話です。
花蓮ちゃんと陛下がシオンたちの世界に迷い込んでしまいます。
いい加減この展開に慣れた陛下の作戦とは……?(笑)
 

シオン本編の続編は今月末に大ボリュームでお届けしますので、そちらも楽しみにしていただけましたら嬉しいです!happy01

 

 

 

 

shine ときめきは紫色の謎に包まれて! shine

 

 彼の名はシオン。職業は王立探偵。
 流れる黒髪、紫水晶の瞳。紫色の燕尾服に紫色のシルクハット、瞳と同じ色の宝石を嵌め込んだステッキ。インチキ魔術師のような紫ずくめの怪しい美青年は本日、王太子に呼びつけられ、都の外れに建つ小さな館にいた。
 シオンと一緒にいるのは、リボンとフリルだらけのミニ丈ドレスを着た金髪碧眼の美少女。探偵助手のラナである。呼ばれた先が王宮であれば、助手のラナは入ることが出来ない。だが今日は王太子の別邸に呼ばれたので、同行してきたのだった。
「珍しいわよね、こんなところに呼ぶなんて。しかもあの贅沢王太子にしては、やけにちっちゃい別邸だこと」
 ぶつぶつ言っているラナに、シオンは小さく肩を竦めて答える。
「ここは、殿下がちょっとしたお遊びに使う別邸ですからね。殿下所有の館の中で、一番小さいと思いますよ」
「それでも、あちこちに飾られてる美術品が高価そうなのが腹立つ……!」
 不機嫌を隠そうとしないラナだったが、シオンとしてもこの館に呼ばれたのはあまりいい気分がしなかった。ここは、王太子リジュールが悪友たちといろいろ悪さをするための溜まり場だからである。今日も絶対、ろくでもない用件で呼ばれたのだと想像がつく――。
 果たして、シオンとラナがリジュールの待つ部屋を訪ねると、美貌の王太子はバサバサの睫毛を伏せてため息をついてから、こう言った。
「異世界人をなんとかしろ」
「――は?」
 異世界人?
 この王子様は突然、何を言い出したのやら――シオンとラナは並んできょとんとした。
 そんなふたりに、リジュールは事情を説明し始める。
「最近、都の貴族の間で異世界人召喚実験というものが流行っていると聞いてな。これは面白いと思い、召喚術を伝授するという魔術師を呼び、やり方を教わったのだ」
「またろくでもないお遊びを――」
 顔をしかめるシオンを無視してリジュールは続ける。
「それで、十日ほど前のことだ。教わったとおりに魔方陣を描いて、捧げものを置き、呪文を唱えたところ――本当に異世界人が現れたのだ」
「えっ、本当に異世界人が!? 異世界人っているの!?」
 ラナが驚くのに頷いたリジュールは、再びため息をついた。
「現れたのは、いかにも異国風の服装で、黒い髪に黒い瞳をした少女だった。本人が名乗るには、『麗鋒国の景遥から来た淑花蓮。齢は十七、好物は団子とバナナ』だそうだ。どうやら、捧げものとして置いたバナナに惹かれてやって来たらしい」
「……その少女は、今どこに?」
 シオンの問いに、リジュールは少し耳を澄ませるようにしてから答える。
「静かにしているところを見ると――部屋で昼寝をしているか、買い与えてやった本を読んでいるかしているのだろう。そうしていてくれれば、まだマシなのだがな。動き出すと、口を不気味にむふむふ動かしながらこちらを観察していたり、世話になる礼だと言って気紛れに侍女の真似事をしては館の中の美術品を壊して回るのだ。はっきり言って迷惑なのだ。元の世界へ還って欲しいのだ」
「ならば、還っていただけばよいのでは? 呼ぶ方法を教わったのなら、還す方法も教わったのでしょう?」
 シオンは厭な予感を覚えながら言う。
「もちろん、還し方も教わった。だが、その手順どおりに儀式をしても、還らぬのだ。仕方がないので本職の魔術師を呼んでやらせようと思えば、何やらどこぞでトラブルを起こしたようで、夜逃げした後だった」
「ああ……」
 シオンは顔を手で覆ってため息をついた。続いてリジュールが口にする言葉は聞かなくてもわかった。
「だからおまえを呼んだのだ。インチキ魔術師仲間として、おまえが責任を取って迷惑な異世界人を元の世界へ還せ!」
「何の責任ですか、そもそも呼び出したのは殿下でしょう、私はその魔術師とは縁もゆかりもありませんよ……」
 そう言い返してみたところで、意味はない。リジュールはシオンを見据え、無駄に凛とした声で言う。
「ジェダルーン王国王太子リジュールが命じる。王立探偵シオン、異世界人の少女を元の世界へ還せ」
「……ご下命、承りました」
 シオンが仕方なく礼を執ると、リジュールは待ってましたというように従僕を呼び、問題の異世界人をここへ連れてくるよう命じた。
 

 そうして紹介された異世界人の少女は、元々着ていた服に着替えさせられており、口元を不思議にむふむふ動かしながらこちらを見た。美少女というのとは違うが、丸い瞳と小さなくちびるに愛嬌がある。
「私は王立探偵のシオンと申します。こちらは助手のラナ」
 シオンが自己紹介すると、少女も笑顔で自己紹介を返した。
「麗鋒国の景遥から来た、淑花蓮です。お団子と香蕉が好きな十七歳です!」
 普通は、突然見知らぬ世界に迷い込めば、パニックを起こし、もっと不安そうな顔をするものだろう。しかし花蓮ははち切れそうに元気な笑顔で、シオンとラナを見比べる。
「王立探偵? って、どういうお仕事なんですか? あ、国家機密に関わるから話せない? そりゃそうですよね、わかります~。その派手な恰好には何か意味があるんですよね? わかりますわかります、絵になるものはすべて正義だから大丈夫です~」
 何が大丈夫なのかよくわからないが、妙に物わかりの良い娘である。
 花蓮はにこにこしながら少しずつこちらへにじり寄ってくると、ラナの顔を近くからじっと見つめ、不意に目眩でも起こしたように後ろへ身体を傾がせた。
「!」
 驚いたシオンが咄嗟に腕を伸ばして抱き留めると、花蓮は鼻から赤いものを垂らして「大丈夫です~」と言った。
 全然大丈夫には見えない。長椅子に寝かせて、どうしたのかと訊ねれば、「ラナちゃんがあんまり綺麗な貌をしてるから、ドキドキしちゃって~」などと答える。シオンはラナと顔を見合わせて憮然とした。
 つまり、ラナの美少女ぶりに興奮して鼻血を出した――そういうことか?
 これは確かに、さっさと元の世界に引き取ってもらいたい種類の人間かもしれない。シオンがそう思った時、
「では、あとは任せたぞ」
 そう言ってリジュールは椅子を立ち、そそくさと王宮へ帰ってしまったのだった。
 

 変態異世界娘を押しつけられたシオンとラナは、戸惑いつつも大きな魔方陣が描かれた広間へ移動し、その前で花蓮にあれこれと話を聞いた。
「麗鋒国とはどこにある国ですか?」
「大陸の東だけど……たぶんこことは違う世界だから、説明しようがないわ」
「あなたは、異世界に来ることに慣れているのですか?」
 なんとなくそんな風に感じて訊ねると、花蓮は軽く首を傾げた。
「慣れてるっていうか……何度か経験したことはあるから、世の中こういうこともあるんだな~って」
「では、還り方もわかりますか? いつもどうやって還るのですか?」
「それは――」
 花蓮が口籠った。
「方法を知っているのですね? 私たちにご協力出来ることがあればいたしますので、遠慮なく仰ってください。きっとおうちの方も、あなたのことを心配しているでしょう」
「心配……はしてるだろうけど、だからといってここに来られても迷惑というか……」
 花蓮は何やらわけのわからないことをむにゅむにゅと言いながら、横を向く。
 これはどういうことだろう? 彼女は自分の世界へ還りたくないのだろうか?
 首を傾げるシオンに、ラナがささやいてくる。
(ねえ、せっかく魔法陣もあるんだし、私たちでも一度、儀式を試してみない? もしかしたら今度はうまくいくかもしれないし)
 ラナはラナで、異世界人を呼んだり還したりする術に興味津々らしい。リジュールが残していったメモを見ながら、魔法陣の周囲に捧げものを並べ、花蓮を魔法陣の中心に立たせる。
「呪文は、難しくて私には読めないから、シオンが唱えて」
 メモには、召喚用と帰還用の呪文が並べて書かれている。どちらも様々な国の言葉をごちゃ混ぜにしたもので、見るからに胡散臭い。これで本当に異世界人を呼べたということが不思議だ。
 期待出来ないと思いつつも、シオンは呪文を読み上げてみた。
 すると、魔法陣の中にもやもやと白い霧が湧き出し、花蓮を取り巻き始めた。
「ふわっ?」
 花蓮が素っ頓狂な悲鳴を上げ、ラナが「やった!」と手を打つ。
「シオン、なんかそれっぽくなってきたわよ……! このまま還せるかも!」
 花蓮を取り巻く霧はどんどん濃くなり、やがて花蓮の姿をすっぽり隠してしまった。しばらくすると、その霧が少しずつ薄くなる。
 霧が晴れたあとには、無人の魔法陣が残るのみ――と思いきや、花蓮は居残っていた。それどころか、花蓮の隣にはひとりの青年が立っていた。黒髪の美丈夫で、花蓮と同じ国から来たような風体である。
 シオンとラナは瞳を丸くした。
「えっ……なんで異世界人が増えてるの……!? ちょっとシオン、間違えて召喚用の呪文唱えたの!?」
「いいえ、確かに帰還用の方を――」
 戸惑うふたりの前で、魔法陣の中のふたりも何やら揉めている。
「ちょっと陛下、なんで陛下がここにいるんですかっ?」
「次元をどれだけ隔てようと、私はおまえのいる場所に引き寄せられることになっているのだ。なぜなら、私たちは赤い糸で結ばれているからだ!」
「誰がそんなこと決めたんですかっ」
「私がだ! 出逢った時から決めていたのだ! 私たちは運命的に出逢ったのだ!」
「勝手に運命を決めないでくださいよ。もう、せっかくひとりで異世界生活を楽しんでたのに……」
「そうか、楽しいか、では私も一緒に楽しむぞ!」
 うんざり顔をする花蓮を、陛下と呼ばれた青年は笑顔で抱きしめる。花蓮は厭そうにびちびち暴れている。一体、あのふたりはどういう関係なのか。
「なんか……黙って立ってれば極上の美丈夫なのに、喋るとちょっとアレな感じの人ね……」
 魔法陣の中を見つめながらつぶやくラナに、シオンは真顔で訊ねる。
「私と彼とどっちがイケメンですか?」
「だから、美青年キャラが現れる度に毎回それ訊くのやめてよ!」
 シオンがラナにどつかれた時、花蓮も『陛下』をどついて魔法陣の外へ逃げてきた。
「救けて~」
 と言って花蓮はシオンとラナの後ろに隠れる。
「えっ、あの人、何なの? 危険な人なの?」
 ラナの問いに花蓮はうんうんと頷く。
「そうなの、すごく危険な人なの。超危険人物なの!」
 それを聞き咎めた『陛下』が反論する。
「何を言う! 私ほどおまえに優しい男はいないぞ。私はおまえに首ったけなのだからな!」
「それが迷惑なんですってば!」
「何が迷惑だ! そもそも、おまえの方から私の後宮へ上がったのだろう。おまえは私の妃だ、いい加減にその立場を理解しろ!」
 ふたりの言い合いを聞くうち、なんとなくこのふたりの関係性がわかってきた。『陛下』と呼ばれるこの男は、後宮を持つやんごとない身分の人物らしい。そして花蓮は、その後宮に上がった妃らしい。だというのに、『陛下』の相手を拒んでいるらしい。
 なんだかややこしい二人組だ――と苦笑するシオンに、ラナがささやいてくる。
(ねえシオン、このふたり、いつまでも異世界に引き留めておいたらまずい立場の人たちなんじゃ……)
(そうですね、さっさとお帰り願った方がいいと思いますが……)
 かといって、どうすれば還せるのか。ひとりだった異世界人がふたりに増えてしまったなどと、とてもリジュールに報告出来ない。
 シオンが考え込んでいると、いつの間にやら花蓮と陛下の話題が変わっていた。
「おい花蓮、ところであの派手な二人組はなんだ?」
「王立探偵なんですって。私を呼び出したのはこの国の王太子らしいんですけど、呼んだはいいものの戻せなくなっちゃったものだから、あの人たちに私を戻す方法を探せって命じたみたいです」
「それで、おまえを戻すための儀式をして、私を呼び込んでしまったということか? まあ――方向性としては間違っていないな」
「へ?」
「おそらく、この状態からおまえを元の世界へ戻せるのは、私だけだからな」
 陛下のその言葉に、シオンは顔を上げた。
「どういう意味でしょうか? あなたは、還る方法をご存じなのですか」
 シオンの問いに陛下はあっさりと答える。
「ああ、知っている。この手の展開にはもう慣れているからな」
「では――当方の主のお遊びで大変ご迷惑をおかけいたしましたが、ご存知の方法でお帰り願えますでしょうか。必要なものがあればご用意いたしますので」
「別に何も要らない。ただ、私たちをふたりきりにしてくれればそれでいい。しばらくは部屋に誰も入って来ないようにしてくれ」
 陛下にそう言われ、シオンとラナは半信半疑ながらふたりを置いて部屋を出た。
「本当にこのまま、自力で還ってくれれば楽なんだけどね」
「それを願いましょう」
 

◇―――*◆*―――◇

 

 魔法陣の描かれた広間に花蓮とふたりきりになり、天綸は傍の長椅子に腰を下ろした。
「花蓮、おまえも来い」
「やですよ、陛下の隣になんて座ったら、何されるかわからないしっ」
「おまえに意識されると、嬉しくなるではないか」
 天綸は笑いながら立ち上がり、花蓮に歩み寄ると、その小柄な身体を素早く抱き上げた。
「ひゃっ」
 そのまま椅子に戻り、花蓮を膝の上に載せる。
「ん? 袖に血が付いているな。また鼻血を噴いたのか? ――ああ、さっきの美少女か?」
「……私のこと、なんでもお見通しみたいな顔で言わないでください」
 花蓮はぷんとむくれて横を向く。
「違うのか? あの娘を見て興奮して鼻血を噴いたのではないのか」
「……違いませんけど」
「おまえはどんな世界にいてもおまえだなあ」
 可愛くてぎゅうぎゅう抱きしめると、花蓮はびちびち暴れながら文句を言う。
「やめてください~! もうっ、なんで呼んでもいないのに異世界まで追いかけてくるんですか~!」
「だから言っただろう、私たちは赤い糸で結ばれているのだと。それに、本当はおまえが私を呼んだのではないのか?」
「どうして私が!」
「そろそろ私の顔を見たくなったのだろう。第一――おまえだってわかっているだろう? どうすれば元の世界に戻れるのか」
「……」
「遠慮するな。さあ、今すぐ私たちの後宮へ戻ろう」
「そっ――」
 まだ何か言おうとする花蓮のくちびるを強引に塞ぐ。そうして、膝の上の花蓮を長椅子に押し倒す。
 そう――これはもうお約束の展開だ。こうして花蓮に迫っていれば、盛り上がりに水を差すように寸止めの神が邪魔をして、元の世界へ引き戻される。これまでにも何度か異世界らしいところへふたりで迷い込んだことがあるが、いつもこのパターンで終わっているのだ。
 どうせすぐ、目の前に時空の歪みが生じて、そこへ引きずり込まれるのだ。それまでのお楽しみだ――開き直ったようにそう思いながら花蓮を組み敷いて、もがく花蓮を押さえ込むのを楽しんでいたのだが――。
「……?」
 いつもなら、そろそろ目の前の光景が歪み始める頃なのに、まだ何も起こらない。
 ――なんだ? もしやこの世界は、寸止めの神の守備範囲外なのか?
 それならそれで、これは絶好の機会だ――!
 調子に乗った天綸が、右手に触れた腰紐を素早く引くと、花蓮が悲鳴を上げた。
「ひゃっ!? ちょっ――陛下、やだ、駄目ですってば~~~っっ」
「いや、駄目ではないようだぞ。寸止めの神の邪魔が入らぬからな。ここは素晴らしい世界だな、しばらく滞在させてもらうか。新婚旅行だと思えば、乙なものだ」
「何言ってるんですか、私が駄目って言ってるんですから、こんなこと駄目に決まってるじゃないですかー! 放してください~~~っっ」
 花蓮がどんなに暴れようと、天綸がそれを押さえ込むのは簡単なことだった。だがそこで、時空の歪みよりも単純な邪魔が入ることとなった。
「失礼――何かありましたか!」
「花蓮!? どうしたの!?」
 花蓮の悲鳴を聞きつけたシオンとラナが飛び込んできたのである。
「……お邪魔、でしたか?」
 長椅子の上の天綸と花蓮の様子を見たシオンが、ぱちくりと瞬きをして訊ねる。
「全然邪魔じゃないです、助かりました~っ」
 花蓮は天綸を押し退けて起き上がり、手早く腰紐を結び直してシオンとラナの後ろに逃げ込んだ。
「もうっ、陛下なんかあっち行ってください! 私はここで暮らします! 王立探偵の手伝いでもなんでもさせてもらって、この世界で生きていきますから――!」
 花蓮の宣言に、
「え、いえ、それはちょっと――」
 シオンが苦笑いして頭を振る。
「いいじゃないですか、私も助手にしてください。美少女じゃないですけど、ミニ丈礼裙(ドレス)も似合いませんけど、頑張りますから! 逃げた寵物(ペット)の捜索でもお花見の場所取りでもなんでもやりますから――!」
「いえ、あのですね――」
 あからさまに迷惑そうな顔をしているシオンを意に介さず、花蓮は勝手に頷く。
「大丈夫です、わかってます。いろいろ事情があるんですよね。ええ、皆まで言わないでください。大体想像はつきます」
「え?」
「あなたが王立探偵になった理由とか、紫ずくめの恰好をしている理由とか、あなたに秘められた力とか――」
 花蓮がさらに言葉を続けようとした時だった。天綸の目の前で空間が歪んだ。
 ――来た。
「ふえっ?」
 花蓮も頓狂な声を上げたところを見ると、視界が歪み始めたのだろう。
 天綸は急いで花蓮のもとへ駆け寄り、腕を引いて抱き寄せた。その次の瞬間、空間の歪みがぱっくりと口を開け、ふたりを呑み込んだ。
 

 次に目を開けた時には、後宮の花蓮の部屋にいた。
「あれ……っ? 戻ってきちゃった――なんで?」
 不思議そうに瞬きを繰り返す花蓮に、天綸は肩を竦めて言った。
「これも、寸止めの神の計らいなのだろうな」
「え、何の寸止め?」
「おまえの妄想にストップをかけたのだ。あれ以上おまえが何か言って、うっかりそれが的中したら、ネタバレになるからな。あの世界では、まだそれを明らかにする段階ではないのだろう。だからおまえの口を塞ぐために、私たちは引き戻されたのだ」
「え~。寸止めの神様って、そういう仕事もするんですね~」
 花蓮は感心しつつも、せっかくの妄想を披露する場を失い、不満そうでもあった。天綸は浅く笑い、花蓮の肩を抱き寄せた。
「どんな楽しい妄想をしたのか、私に教えてくれ。私ならいくらでも聞いてやるぞ。さあ、寸止めの神の邪魔が入らないように、私の耳元でこっそり語ってくれ」
 そうして妄想を語り始めた花蓮の話を黙って聞いているうちはよかったが、やがて調子に乗って花蓮を榻に押し倒すと、箒を構えた寸止めの神の使者にストップをかけられる皇帝陛下なのだった。

〔おしまい〕

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